法律は、誰よりも国民のためにあります

法律は、独裁国家でも民主主義国家でも、ルールとして設定されています。
ルールが無ければ、国家社会の秩序が損なわれることを、為政者はとても気にします。
法律に思想は必要でしょうか。
法は、常に思想の影響を受けますが、国家主義的思想が強ければ、国民のためではなく、国家側のためにある法になってしまします。
法律には、理念と哲学が要求されます。
秩序は、法律というルールにおいて設定されますが、理念と哲学なきルールは取り締まりや監視体制を強化するしかありません。
そこで、法律はすべてにおいて「善」と言えるでしょうか。
なぜ「悪法」と批判されるのでしょうか。
法理論は立派でも、善意と悪意は社会や世界に混在しているからです。
法律は、どこまで行っても、人文科学の分野でしか検証ができません。
法技術は、テクニックであり、議会制民主主義を標榜する国は、議会で論戦を戦わせます。
正しいルールと間違ったルールなど、誰も未来を検証できないではないでしょうか。
事態に即応するルール作りは必要ですが、間違いは許されません。
法律の面白いところは、設定理念と立法趣旨が時代を越えて正しいかどうかです。
国民が最後に判断し決定できるわけで、国民主権は国民に国家の行く末が委ねられた権力が暗黙に備わっていると言えるでしょう。